26歳中間管理職の日記

26歳、中間管理職。上にも下にも、自分にも気を遣って頑張ってます。いろいろ書く雑記です。

藤井聡太四段の活躍に考える「若さ」への期待の仕方・使い方

破竹の勢いで歴代単独1位となる公式戦連勝記録を打ち立てた、14歳の藤井聡太四段。

突如現れた新星に、日本中は沸きに沸いた。

 

連勝記録が止まってからはメディアで取り上げられる回数自体は減ったものの、その後もキッチリと勝ち星を伸ばしているらしい。

将棋のことは詳しくわからないが、29連勝という"結果"に示された紛うことなき彼の実力には賛辞を贈り、これからの活躍にも大いに期待したい。

 

 

「若いのによくやってるね」

 

自分の話で申し訳ないが、3月に今の部署に来てからこう言われる機会が多くなった。

前任者が社歴十数年の40代だったのと比較して"褒めて"くれているのだろうが、なんだかしっくり来なくて僕にはこれがあまり嬉しくない。

 

じゃあ、僕の仕事は歳を食えばできて当然の、その程度の仕事なの?

 

そんな想いが頭をもたげる。

若さを理由に褒めるよりも、僕がした1つ1つのオリジナルな仕事を褒めて欲しい。

 

 

若き実力者が台頭してきたとき、メディアはこぞって彼ら彼女らを取り上げる。

それを見聞きした一般人はといえば、ある人は勝手に希望の星として崇め、ある人は勝手に自分と重ねて親近感を抱き、各々の理由でニューウェーブに乗っかる。

 

それはいい。

問題は、どの部分にフィーチャーしてワッショイワッショイするかだと思う。

 

「若いから凄い」ではない。

正しい捉え方は、「やっていることが凄い」。その上で、「若ければなお良し」である。

 

もうすぐ始まる、夏の甲子園。

高校生同士の対戦だからあまりそういう視点では見られないが、これこそまさしく「若いのによくやってるね」の典型的な例ではなかろうか。

 

世の中で甲子園大会を楽しみにしている人のどれくらいが、球児一人ひとりの"実力"や"凄さ"に気づくことができているだろう。

これまでどれだけの選手を「甲子園で活躍した」という若さ基準で評価し、その後の姿を「衰え」や「凋落」などといった手厳しい表現で痛めつけてきたのだろう。

(自分を褒められているのが「若さ」起因のものだと気づかず有頂天になり、実際に凋落していった選手も数多く居るだろうが…)

 

しっかりと人や物事の"実力"や"価値"を見極め、正しく評価する側で居ると同時に、自分への評価を正しく受け止める必要もある、と肝に銘ずるところだ。

 

 

ちなみに、逆に言えば「若さ」にはそれだけ人を突き動かす"付加価値"がある。

しかも、有り難いことに「若さ」は誰にでも平等に与えられる。

これを逃す手はあるまい。今成し遂げたことは、「若さ」という要素も乗っかってさらに価値の高いものとして評価される。

 

20代も後半になったが、まだまだ若さにしがみついていたい。

一方で、自分より若い世代にしっかりと伝承していかねば、と思う。