・失敗の経験から学び、それが成長に繋がることがある ←わかる
・人は失敗し、謙虚になっているときこそ最大の学びのチャンスである ←わかる
・失敗という苦しい状況、逆境から立ち直る力(レジリエンス)を鍛えられるのは、そのような状況に置かれたときだけである ←そうでしょう
・上司「だから、どんどん失敗しろ」 ←???
「失敗のための失敗」から学べるものはない
と、僕は思う。
もちろん、「失敗しろ」という言葉に込めた意図はわかる。その経験を通じて部下に成長して欲しい、という上司の期待の表れであることもわかる。
だからといって、「失敗すること」が目的になっては意味がない。
より高い成果を得るために今置かれたレベルより高いところに挑戦し、最大限の努力をし、その結果得られた「失敗」だからこそ、次の成功のための反省・改善から成長に繋がるのだろう。
だから、本当に必要なのは「本人が本気でチャレンジすること」だ。そのために上司が行うべきは、適切なレベル感の課題にきちんとモチベートした上で挑ませること。
やらされたことでは、成長はない。
失敗するかどうかは二の次。
どうしても「失敗」させたいなら、成功するたびに何度もレベルを上げて挑ませればいい。いつかぶち当たるから。ただそれだけの話。
◇
で、僕が一番大事だと考えているのはこの先。
そもそも「失敗したい」と思っている人間はいない。
嫌でしょ。失敗するの。
それを敢えて「させる」ことに何の意味があるのか。
結果が出る前から部下に「失敗の貴重さ」を説くなどというのは、マネジメントとして根本的に間違っていると思う。
「今の若いヤツらは失敗を恐れて、とにかく上手いことやろうとする」などとのたまう年長者もおられるが、僕の考えからすると正当なチャレンジにおいて部下が失敗を恐れている時点で上司の動機付けの失敗である。(もちろん、100%取り去れるわけではないが)
上司としてやるべきは、まず思い切り、自発的にチャレンジ出来る環境を部下に作ってやること。
その結果、もし失敗してしまったら全力でフォローして、一緒に原因を反省し、改善をすれば良い。
適切なチャレンジになる目標設定と、モチベートと、目的意識。
あくまで大事なのは「チャレンジ」で、結果が「失敗」だったらそこから学べば良い。
…ここを見誤られると、部下としてはモヤモヤするんですわ。本当に。