27歳中間管理職の日記

27歳、中間管理職。肩書にとらわれず、ただ社会人としての価値の向上を。いろいろ書く雑記です。

コーヒーと麦茶

「人からの見られ方」も、自己申告次第でだいぶ変わる、というお話。

 

 

他人からどう見られるかは、他人が決めることである。

自分がいくら「こんな風に見られたい!」と思っても、最後に決めるのは他人だ。

 

しかし、自分の希望と相手の結論のギャップを極力小さくするためには、必要最低限の発信、およびイメージ作りは大切である。

「セルフブランディング」とも言うだろう。

 

コーヒーと麦茶から学べること

皆さんは「コーヒー」と聞いて何を連想するだろうか。

 

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ある人は、スターバックスでノートパソコンを広げながらコーヒーを飲んでいる姿を想像するかもしれない。

またある人は、爽やかな朝に淹れる素敵な目覚めの一杯を想像するかもしれない。

 

これらは一例だが、コーヒーに対してはどこかカッコよかったり、大人びていたり、というイメージをする人が多いだろう。

 

では、麦茶の場合はどうだろうか。

日本人にこの問いをすれば、多くの人の頭の中にお母さんが1リッターくらいのボトルに水道水とパックを放り込んだ夏の冷蔵庫の風景か、何やら賑やかで楽しそうな鶴瓶師匠が思い浮かぶことだろう。

 

同じお茶と言うカテゴリでも、それぞれが持つ、いや持たれるイメージはここまで大きく違う。

 

実際、麦茶は素晴らしい飲み物である。

ミネラル分が豊富で熱中症対策に有効だし、ノンカフェインなので時と場合を気にせずゴクゴクと飲むこともできる。

もちろん、その爽やかな飲み口は暑い日の癒しとしてこの上なく適している。

 

しかし、オシャレな格好をして街を歩く時に、片手に麦茶のペットボトルを携えるというのはどこか間抜けで、気恥ずかしくもある。

これは、人々が麦茶に対して持つイメージによるものに他ならない。

 

仮の話だが、日本中のお母さんが適度にでかいボトルでアイスコーヒーを量産して、夏の間冷蔵庫に常備していたり、鶴瓶師匠がこれまた楽しそうにアイスコーヒーの宣伝をしていたら、人々がコーヒーに対して持つイメージは、麦茶と同じだったかもしれない。

 

 

別に、どちらが良いか悪いか、という話ではない。

何が言いたいかというと、他人がイメージを形成する段階で、自分から発信したイメージが及ぼす影響は非常に大きいということである。

思うに、この部分を怠っている人が多すぎる。 それが原因で、自分の「こう見られたい!」が損なわれてしまうのは、非常にもったいない。

 

人間は自分が口に出したことを意識し、それを明確な目標として達成のために行動するという研究結果もあるくらいだから、自分が「こう見られたい!」というのもどんどん発信するべきではないか。

 

https://sakino-blog.com/reason-for-declaring-to-buy-absolutely-one-billion-yen/%E2%80%AC

その際には、しっかりとキャラ作りをしておいた方が良い。設定は細く、軸がぶれないほど、実現に近づくだろう。

定期的にそんなことについて考えて、実現のための具体的な行動計画を立てるのも良いだろう。