27歳中間管理職の日記

27歳、中間管理職。肩書にとらわれず、ただ社会人としての価値の向上を。いろいろ書く雑記です。

190405 #10分エッセイ「誰がために歌は鳴る」

今日も10分。

 

 

我がTwitterのタイムラインで、にわかに盛り上がっている案件。

 

hcs.blog.jp

 

筆者の主張を簡単にまとめると、

  1. 歌詞の内容がゴール裏に居るサポのことを歌ったもので、選手を後押しするものではない
  2. 歌詞の内容的に、使うタイミングは考えたほうが良い
  3. ゴリ押ししすぎ。長い

てな感じの内容。

 

こういう議論が起こるのは、悪いことではないと思う。

現状、クラブとも連携して応援を仕切っているのはUSであるけれど、ゴール裏を構成する大部分の人間はその他の通常サポである。

あくまでUSはコールリード(先導役)をするのであって、別にえらいわけでもないし、僕らがそれに完全服従しなければいけないわけでもない(ただ、リードしてもらっている以上、僕らは基本の部分では従う必要はあると思う)

 

この筆者の主張について、2と3は僕も程度の差はあれ同意。

バシッとキマるタイミングとそうでないときがあると思うし、やり始めたら長い。なるべくそうならないようには頑張っているけど、でもやっぱりダレるw

 

ただ、1については僕個人的にはこういう曲があっても良いんじゃないかなぁと思う。

 

選手に向けた歌詞は「お前たちが戦う場所に俺たちは必ずいるさ」のみですが、これだって「ここにいるぞ!」というゴール裏の自己主張であって、選手を鼓舞したり後押しする歌詞には取れません。

 

この節の前の「俺たちがここに集まるのは 赤と黒が人生だから」も含めて、これは立派な選手向けの歌詞だと考えている。

 

俺たちの人生に、あなたたち選手とその集まりによって構成されるコンサドーレというチームは欠かせないものである=選手・チームの存在の承認

 

お前たちが戦う場所に俺たちは必ずいる=どんなとき、どんな場所でも共に戦うぞ、という意思表明であり、それによって心理的安全性を感じてもらったり、このサポーターのために戦うぞ、と奮い立ってもらったりする

 

さらに、その先の歌詞も字面通りに取ればサポーターが自分自身を奮い立たせるような歌詞に見えるけど、

 

バモ札幌 さぁ叫ぼう 熱くなれ 赤と黒

 

バモ札幌 さぁ叫ぼう 熱くなれ 誰よりも

 

ここで言う「札幌」が北海道コンサドーレ札幌とその選手たちを指していると考えれば、「叫ぶ」「熱くなる」という動詞は、チームとして想いを燃やし、それを発露する、という意味にも(僕には)取れる。

裏読みしすぎか?w

 

でも少なくとも、ゴール裏の(わりと)中心でこの曲を開幕から歌い続けている僕は、一度も自分たちサポーターのための歌だと思ったことはない。

 

選手のために歌っている。

 

最後はこの気持ちの持ち方なのかなぁ、とも思う。

 

【今日の空】

 

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前日抽選の空。

今日も良い日にしましょう。そして、良い週末を。